TROIS

観劇後に気合があったときだけ書きます

DC 宝塚雪組『アル・カポネ―スカーフェイスに秘められた真実―』


演じる側の人はいつまでも役を引きずっていないで、目の前にある自分が今演じる役のことを一番に考えるのが正しいのだろうし、それでも過去の役をいつまでもひきずってしまうのがファン心理だよなあと思うのだけど、今やっている役のこの部分の表現は、感情は、あの役できっと培ったものだろうなと思えるような瞬間があると、決めつけだよねとも思いつつ、もうそれだけで嬉しくなってしまう。
アルの鋭さは劉のとき得たものかも、はったり力はベネディクトで、包容力と甲斐性はパンジュ侯爵、空間の使い方はルキーニかな、なんて想像したりしたのはまあ観終わってしばらく経って冷静さを取り戻した後で、観劇直後の頭の中には、望海風斗さん最強格好いい男役です!!しかありませんでした。

今回、ラストシーンのアルのいぶし銀具合が本当にたまらなくて、望海さんという男役さんの、男役芝居の真髄ってこれだよなと、もう幾度も反芻しています。もともとキラキラ魔法の粉を振りまいてくれたり、キャーキャーと黄色い声をあげさせるような即効性の魅力でなくて、いまこみ上げてくるものを味わうには、大声で叫ばず腹にため込むのが一番ふさわしいやり方だよなと、そう思わせるような表現だったり、役だったりが似合う人だなと思っていたところに、彼女の中に溢れるものを込めるにぴったりの容れ物が用意されてしまった。
きらきら光を投げかけてくるものももちろん、時々涙が出そうになるくらい好きで、だから宝塚を見てると「ここにすべてがあったんだ」と思ってしまう、そういう瞬間を味わうためにあの場所にむかうんだなと信じてもいるのに、一方で、明度をぎりぎりまで絞った薄暗い世界で腹を据えて生きて、命のやり取りをしている、苦虫をかみつぶしたような表情のまま顔がこわばってしまったんじゃない?と心配になるひとを見て、同じくらいかそれ以上に胸を熱くしてしまうのか。謎めいている。

潰えた遠くの夢に目を眇めて、頬をひきつらせたように唇を歪める。終わってしまった。そもそも彼が見ていた夢のかたちは、最初とかけ離れてしまったのかもしれない。それでも彼が歩んできた道を、誰がどういう方法で否定できるだろう。否定させはしないし、誰よりも自分が肯定するしかない、という凄まじい気迫でもって、彼は笑う。
冒頭で歌ったイタリアーノの曲と同じメロディ同じフレーズだったはずなのに、最初はまだ「この街、アメリカ」に異物として受け入れられていない雰囲気、最後では受け入れられていなかったとしても、自分は確かにここに生きていたと確証を得ている人の歌い方に聞こえました。
そうして頭上の青空をねめつけて、踵を返す、彼のその背中のたくさんのものを背負ったずしんとした重み。
フィナーレも大好きですが、余韻を噛みしめるために、そのままそっと席を立ちたい気持ちにもなるラスト。

○アルとジャック「おれは、おれは……」「そいつは俺の弟分だ!」
アル兄貴のファミリー向け甲斐性の放出先を一手に引き受けているジャック。兄貴愛(たからぶ風)。ただの面倒なガキから弟分に、さらに脱税貯金額まで把握している右腕にまで進化の有望株ジャック。キャスケット外してすくっと立った、髪の毛を撫でつけたジャックがイケメンすぎて、スーツになってからの初登場は一瞬気づけない。2幕は兄貴のことを考えてまっとうに助言するまでになるのに(マイクいつか爆発する恐れのある「そーさかんだよっ?!」)だいたい毎回理不尽に怒鳴りつけられている。でも最後まで愛想をつかさない健気な舎弟。
そもそもアルお兄ちゃん、冒頭のもの盗りの男の子の庇い方から(被害者に有り金全部渡すけど男の子のことは咎めない)、飼えもしない犬猫を道端でぼんぼん拾ってきてしまうにおいしか漂わせていない。ほんとその場しのぎの助け方しかしてないな?あんたがいなくて次捕まったらどうすんだよ!?と憤りつつも、これですっからかんだな、というふうにポケットに手を勢いよく突っ込んで、くっと青空を見上げる表情が、なんて気のいいあんちゃんなんだ、とうっかりほだされかけるほどのすがすがしさで余計に憎いです。
この冒頭があっての、クラブ・コロシモズで顔役になってなお「俺が呼んだんだ」(追い返されそうになったジャックを庇うために)と金を渡す流れで、彼の中身は変わってないんだなと思わせるよい効果を生むわけですが、親切にしたら会社の軒先にまたご飯をもらいにきちゃった犬に、とうとう家の場所を嗅ぎ当てられてしまって…!?からの流れが、ジャックまなはるせんぱいの熱い演技もあいまって、個人的に激アツ展開です。メアリーへの「無理に動くなって言っただろ」の過保護ぶりとやさしげな表情と、直後ジャックに向ける表情の強面ぶりの対比からのスタート。そもそもいつから兄貴呼びがデフォルトに…?とジャックの距離の詰め方にびっくりしつつ「おれ、運動神経は結構…」で勢いよく殴られた上に、襟首つかみあげられる彼の方がもっと慄いたでしょう。望海さんの演技のあまりの勢いに本気で驚いているのでは、というくらいその後さらに怒鳴られたジャックのとびすさりようのリアルさ。今まで縋り付いたり慕ったりするわんこポジションは望海さんが演じていたよね、というところからも熱いな!!となる流れ、「兄貴はいつだって俺を助けてくれたじゃないか」とすがるジャックへの「お前がまだ子どもだからだよ」は、なんでこんな噛んで含めるように説明しなきゃならないんだ、というようにしようのないガキを諭すうんざりした表情がまさに「兄貴」で、こういうこと言っちゃうからジャックが奮い立ってしまうんだ!と思わせるアルの自業自得ぶり有罪です。「わかったらさっさと帰ってまともにコツコツ貯金でもしてろ」は、彼がマフィアとして戻れない道をきてしまっていることへの迷いから、優しさゆえだなとも思うのですが、「俺が一人前の男になったら〜」とジャックはさらに燃え上がるばかりで、アルもアルで売り言葉に買い言葉を与えてしまうから、ふたりして綺麗なフラグをぶちたててしまう。アルとジャックのやりとりはお約束をお約束通りに守るからここちよい。
蘭寿さんは「男にしてやる」だったけど、望海さんは放任主義なのかな〜と思っていたら、結局血で血を洗う戦いにジョインさせることになっていて、優しさゆえに遠ざけたんじゃないのか、マフィアのOJT恐ろしすぎるなって思いました。それでも助けに来てくれるアル兄貴には「俺が馬鹿野郎でした!!!」(※そんなセリフない)ってわんわん慕いたくなってしまう。銃撃戦で「ジャック、こい!」と叫んで後ろにつかせるアルに、おいおいひとりだけ新聞売りのガキ混ぜて大丈夫かよ〜と思いつつときめき、初めて銃を使うジャックの背後に一緒に屈んでやって、いまだ!と背を叩いて合図してやる兄貴としての面倒見の良さ甲斐性にも結局ときめきすぎて大変でした。ビックジムもバグズの親分も一発で殺した百発百中のアル兄貴だから、自分でやったほうが早かろうに、あえて任せることでジャックに信頼を手渡している。憎い。
ジャック関係ないですが「堅気の人間には指一本触れさせねえ!」は上手で聞くと、かなとくんさらさちゃんそっちのけで守られてる気持ちになって困ります。こんなに誰かの背中に庇われたい抱き付きたいと思ったのは、宝塚BOYSの時の山路さん(アラカン)を見たとき以来だ。

○アルとメアリー(とソニー)「惚れちまったんだ、メアリーに」≒「私の妻となる人です(パンジュ)」「あなたがあなたでいさえすれば、私はそれでいいわ」
相手役さんがいる望海さんって本当に恐怖でしかない。雪が溶けて川となって山を下り谷を走り以下略なのでしょうか。流れる先を与えられてしまった奔流。しかもその海はせしこさまという最強の布陣。
メアリーがショーガールとして歌い踊る場面で、登場時から「いい女だな」ふうな表情と目つきでリズムを小粋にとるアルに、ちゃらちゃらしてやがるぜ!と憤りたくなるも、周囲のストップモーションからの「君と二人singin' night」のタイミングも絶妙で、ここで爆発していたら後が持たない予感。「ハーバード出の?」「ハーバードイン、出の」一瞬置いてから目を合わせて笑う二人の距離の詰め方。「僕たち似てませんか?」からはじまる恋はあるある話で、でもそんなあるある話を順当に重ねて恋をする役の望海さんを見るのは初めてで、ひとつひとつを動揺を持って受け止めるしかない。
傷をつけられた後のベッドに腰掛けた際のやりとりでの「グラッツェ」の前のすがるように見つめる目の切実性や、管理人さんと話すためにメアリーが出ていった後の部屋での、捨てられる寸前の犬みたいな表情はいったいなんなのか。あの目で見られながら部屋を後にできるメアリーさんは鋼の心臓すぎる。「俺、寝言で何か口走ってなかったかい」は既に脳内流行語大賞レベルです。「つい、うとうとしちまって」も併せて、古臭い語尾、言い回しがずるいぐらいお似合いな男役。黄色い地に花柄模様のいかにも安っぽいアパートメントの一室のカーテン、な柄も、二人が肩寄せ合うのにぴったりに思えてしまう。そこからの汽笛の音と共に、手に手をとって街を出る流れも。
「俺がイタリアーノでもいいかい」「ええ」「俺が、マフィアでも?」「……ええ」駄目ーーーー!ってなるけれど、この後の「あなたがあなたでいさえすれば、私はそれでいいわ」は実は本編ラストまで尾を引く言葉だったのではと、複数回見た後だと思えてしまう。あなたのやさしさがただ怖かったのか……。
すぐクラブの顔役になってしまうアルさんですが、禁酒法→見てろアメリカ!→色々ばれて店の女たち逃げる、の後の帰宅場面の新婚さんぶりがはんぱじゃないです。明らかに自分への贈り物と思しき網掛けの毛糸に手をのばすときの「これは?」の声の甘さを助走として「俺は君がそばにいてくれさえすればそれでいい」のあすなろ抱きの必死さ。さらにメアリー妊娠発覚後の「グラッツェ!俺たちの子供ができたんだな!」彼女を抱き寄せるときの後ろ髪から襟足を掴む彼の手や、肩から覗くDLLのジャーヴィスみたいなアルの顔。しまいにはアルの抱擁がおそらく窮屈すぎて、直後のメアリーの第一声がだいたいいつもこもっているのも、あふれ出る気持ちの抑えきれなさ加減の知らなさを感じさせて、客席を含めてあの瞬間冷静なのはおそらくせしこさまだけだ。
ジャックおうちまでついてきちゃった事件の「無理に動くなって言っただろ」の言い方から「ほっとけばいいんだ」のソファに身重の奥さんをおろすにしたって、そんなにくっつかなくてもいいだろ!?な過保護ぶりを見る度に、第一子出産時のアルの様子を想像してなんともしんどい気持ちになります。
2幕ではいつの間にか生まれてた息子・ソニーひとみちゃんへのパパぶりがちょろちょろと出てきて、バグズに拘束されていた二人を助ける際の、全身にたたえた慈愛をもって妻子の肩を抱く様子は、直前まで「殺れ」の一言で連射銃で殺される人たちを不敵な笑み浮かべながら見下ろしてた人物と同じとは思えないほど。
ラストシーンでの「これからはお前がママを守るんだ」のパパの貫録ぶりもさることながら「寂しい思いをさせるな」と言葉をかけるアルの手が、メアリーがソニーの腕を掴んでいる、その手の甲をそっと包み込むように上から重ねられていて、「夫婦の愛・現役」の高まりがここにして極まっている。そんなことをするから寂しくなるんだ!と憤りつつ「心はいつも、あなたと共に」のメアリーせしこさまの「見守る愛」(@たからぶ)もふんわりとしつつ、おそらく一つの結晶のように強固です。初回感想時に奥さん空気とは書いたけれど、ひとつひとつ拾っていくと、もう十分すぎるほどに家族へのアルの愛も示されている作品に思えてきます。裁判の場面での「メアリー、ソニー…明日からは君を誰が、守るのか」も、唐突だなとは思えない、逼迫した中から一番大事なことがしぼりだされたのだとさえ。


ホワイトハウスのパスがほしい」「民法、刑法」にすでに数十回くらい殺されてる気持ちになりつつ、こんなに許してもらえなさそうな「失敗は誰にでもある」初めて聞いたよ、となりつつ、次はギャングスター・アルカポネとして格好良かった場面を思い出し書きしたい。

一幕もったりすぎだよ派と二幕はいらないよ派の激闘に、どっちにせよラスト入れてくれよ?!と切り込む第三勢力。