TROIS

観劇後に気合があったときだけ書きます

5/8 宝塚雪組『アル・カポネ ―スカーフェイスに秘められた真実―』

自分のための備忘録なのに書き留めきれてないまま観続けてるんじゃ世話ねえぜ!と思いつつ、3、4月のあれこれをすっとばしてのアル・カポネです。
自分の好きな役者さんの真ん中の姿を見られる幸せ、また、お芝居がたっぷり見られる幸せを噛み締めています。

まだ一度きりなので、今回は基本的に望海さんのアルを中心に思ったことを。

1幕はまだパパ・ジョニーはっちさんの庇護のもと、その前は雇われバーテンダーという、アルとして年若い場面というのもあり、のぞみさんがバンドネオン等々の作品経験で培った「追う/追われる者、の追う若者」部分が生きているのかなと思いながら観ていました。かつ、まだ初日なので、演技として熟成していなくて、だから若く見えるのもあるのかな?とも。そうしたら2幕になってから、じわじわと人物に厚みが増して、もちろんスーツがダブルになったり胴にいくらか仕込みを増やしたのかな?という見た目上の変更点もあるのだけど、それだけではなく、中身も確かに年齢を重ねたんだな、とちょっとした振る舞いから重厚さが見てとれるようになり、1幕の若さは役としての若さだったのだろうと思い直しました。
同時に、演技者として、上級生として、彼女は受け手や、支える側にまわり、こうした立場を任せられる役者さんになったのだなと、改めてずんと感じ入ってしまいました。1幕冒頭でももちろん、過去を回想する前、ひとこちゃんのベンと対峙する場面で既に、その立ち位置ではあったのですが、芝居を受ける側になったんだなとより一層感じたのは2幕から、特にれいこちゃんのエリオットと対峙する場面からです。

有能な刑事として、彼が理性で考える「正義」を貫くには情に流されすぎる、真っ直ぐすぎるエリオットと、そんなエリートコースを歩む若者を眩しく、かつてなりたかった、なりえたかもしれないもう一人の自分、として見つめる酸いも甘いも嚙み分けたマフィアのドン・アル。彼らがアルの自宅でソファに並んでバーボンを飲む場面は、まさしく彼らの立場の対比を端的に現していました。つい最近まで確かにのぞみさんもれいこちゃん側の立場の役を演じていたはずなのにと、大した時間を追っていないファンなのに、時間の流れのはやさに目眩がするやら感慨深いやらで、思わず息を吐くほどに。潔癖で融通がきかない性格がそのままにじみ出たような美貌がエリオットにぴったりのれいこちゃんと、凄味と貫禄と余裕と歳を重ねた色気が香るアルの望海さんと、素のご本人らはおそらく同系統なのに、この瞬間、役として全く異なる二人が並んだ構図も絵としてとても映えていて、ぐっときました。

また、まなはるくんのジャックとの場面でも、一歩引いた立場で、血気盛んな若者を戒めたり叱ったりで、年長者の余裕を感じもしたのですが、のぞみさんがアルとして若者を俯瞰し、前線から一歩引いた立場に徹している、という考えを改めたのは、裁判に勝つための工作を企てるも、結果として味方に陥れられ、有罪判決を食らう場面からです。俺はまだ終われない、と激昂するアルからは、単純に、買収が上手くゆかず牢屋にぶち込まれる寸前でなお、俗世にしがみつく往生際が悪い男、と切って捨てるには憚られるほどの気迫が、ぴりぴりと痛いほどに伝わってきました。
受ける、支える側に徹するのが悪いというわけではなく、それでもこの男はまだ前線から退いてなんかいない、この世界の頂点に君臨してなお、1人のプレイヤーとして攻めの姿勢を見せつけてくるんだ、と役として、またのぞみさんの役者としてのいい意味での貪欲さも見せつけられたようで、胸が熱くなりました。

アル・カポネという人物を取り上げた時点で、また演出家先生の傾向としてうっすら予感してはいましたが、男役と男役の見せ場が多い作品だなと。裏を返せば娘役比重がかなり軽い。1幕にはかろうじてある相手役のせしるさんとの恋愛パートすら、後半に行くにつれて「ファミリー」枠に括って溶け込んで空気と化した印象。
しかしひいき目とそしられようとも、相手役を持った望海さんの、相手役に対峙する際の、心底愛おしそうな表情、彼女に触れるちょっとした仕草から溢れ出る感情の豊かさは相当なもので、アルが傷を負った翌日朝、ベッドに腰掛けたままメアリーに傷口に触れられた後の「こんな美人に触れられて嫌がる男はいねえよ」「グラッツェ」(彼女の手を握って身を屈めるように甲に頬を寄せつつ、こみ上げる思いで泣き出しそうな、けれど確かな喜びを浮かべた表情で見つめる)の流れには、思わず倒れ伏しそうになりました。全編フルスロットルは観客の心臓に負担がかかりすぎるとの、原田先生のご慈悲だったのかもしれない。
お腹に子が、の鉄板シーンでのあすなろ抱きや、彼女に手で示された後の喜びようも、同様です。さらに言えばその新婚場面と、2幕のすでに長年連れ添った感のある「うまいもん作ってくれよ」のやりとりとの対比もよくなかった。

そんなお腹の子のためにまともな暮らしがしたいと愛妻に懇願されたのに、結局ファミリーの絆のために人殺しも全く辞さないアル、隠し金で市民に食料配給をするほど情に厚かったがために窮地に追い込まれてしまうアル、最後の最後に牢屋に逆戻りが決まった際、あいつはどうなる、と奥さんのことを思い出すアル。それなのに禁酒法の裏をかけるほど、冷静な金算段の才能はある。場面場面をつなげると、カーテンコールで望海さんがおっしゃったように、確かに矛盾が生じそうな、一貫性があるようなないような人物。それでも彼はその時々に目の前にいる人々にまっすぐ気持ちが向かいすぎたのでは、描かれなかった部分でも妻子への想いは常にあったのでは、と想像させてしまう、役としての人間味や説得力が、望海さんのアルには確かにあると思いました。

朝風くんのビッグ・ジムの見た目だけではない食えなさ、まなはるくんのジャックのなかなか報われない舎弟ぶり、がおりジョージのだめだめなゲスっぷりも、役者さんの魅力をそれぞれ引き出す役だったなと。

傷ができたエピソードも、聖バレンタインデーの虐殺も、もっと真っ黒のまま、それでも格好よくも描けたとは思うのですが、今回は情状酌量の余地ありと思わせる理由を語られなかった真実とすることで、より宝塚ナイズに、観た人が親しみを抱くアル像になっていたなと、それは脚本ももちろんのこと、影を負った役を演じる時に「この人がこんな悪いことをするには何か相応の理由があったに違いない…」と観る人に思わせてしまう望海さんの、役としてのバックグラウンド内包性も少なからず影響しているのではないかと思います。

カーテンコールで話すことがなくなって「うれしい!うれしい!」と幼子のようにはしゃいでいた人が、つい直前までマフィアのドンを演じていたという事実に、役者さんの底しれなさを感じるこの頃。

引きでいいのでどこかでセンターブロックで観劇したいと思うほどに、あの一歩間違えると過剰になりそうなラストシーンが、たまらなく好きです。
(ノーマは正面を向いていたけれど、サンセット大通りのラストシーンを思い出しつつ)


以下メモ
・はっちパパ、息子不在時に詐欺に遭う→はっちパパ引退の巻→これからはお前がマフィアの柱になれ
・のぞみふうとの仁義なき戦い
・わりと全部ドンパチor金で解決するアル
・クラブでディーラー兼業しているときの望海さんはラモーンさん×ベネさま=∞
・冒頭は過去語り開始ゆえ、すべて過去の話だと思っていたら、途中で語りが切れて時間軸が現在に戻る、というやり方はやや混乱を招くのでは。アルの相手をシナリオライター→刑事に移行させるため、ラストシーンのためには仕方なしか。