TROIS

観劇後に気合があったときだけ書きます

ALTAR BOYZ 2012 2/11


「こうしてこの神々しい瞬間から私たちは進化して!」


○2/11(土)現在 ALTAR BOYZ 観劇記録
1/28 昼 RED
1/29 昼 RED
1/29 夜 ORANGE
1/30 夜 RED
2/1 夜 RED
2/2 夜 RED
2/4 昼 RED
2/4 夜 GREEN
2/5 昼 RED
2/9 夜 RED
2/11 昼 ORANGE
2/11 夜 RED



過ぎたるは及ばざるがごとしとはよくいったものですが、ORANGEの単体公演をもう少し観ておけばよかったなと、2日目に観た以来、本日2回目のORANGE公演を観て思いました。魂が浄化されてやすらかだわ、と成仏しかけるくらい彼ら一人一人ももちろん、ALTAR BOYZというひとかたまりでかわいくて、かわいさと面白さで頬筋が痛くなるくらい笑顔で見ていた気がします。自分でもちろん確かめはできないですが、初日にREDを観たときの表情ときっとよく似ていると。そして夜にREDチームを観たら現世にとどまりたい欲に満ち満ちるからよくできてますねこの世は。
REDの、各々が多方向へ突出しすぎたゆえにはみだしてしまっているカラーが違うひとたちが、それでもなぜだか理由ができてしまって一緒にいるという意味での疑似家族だとしたら、ORANGEはもう同じ色にきれいに染められたほんとうの家族のように見えました。彼らひとりひとりとソロ契約を結んだ事務所はほんとうに目がないなと。ORANGEの子らはALTAR BOYZというバンドにあの5人でいるときが一番輝けるのであって、いくらきらきらして見えるからといってその中から一粒抜き取ってしまったら、それはとたんにただのガラス玉に姿を変えてしまうと思います。役者さんひとりひとりに魅力がないというのではなくて、彼らがあの板の上で生きているあり様をしっかり見て考えるとそういうことになってしまうんです。悪い意味ではなくアブちゃんへの「家族ってことや」はフアンちゃんじゃなくても、他の3人が言ったとしても納得がいく言葉の響きを含むと思う。
初見の時点で感想は書いたのでところどころ重複している部分もありますが、改めてORANGEのそれぞれの子たちについて思ったことを。


●マシュー
REDのように絶対的リーダーとして君臨するのではなく、説明係的ポジション、他の4人の異質さ、個性を浮き立たせる「普通の子」としての役割を果たしているのかなと。眉をさげて困ったように頭をかきながら笑うのが似合う様な感じの爽やかさで、そしてやっぱり彼が口にする言葉の正論さゆえの残酷さを「そうだ、ルークの言うとおりだろ!」あたりで改めて感じました。ずるいこと、ごまかしをしないわけではないのだけれど、大きな悪いことは良心の呵責に耐えかねてできないし、他人もそうだと思ってる性善説論者。「自分はリーダーなんだから!」って言い聞かせてリーダーをやってるけどやっぱりやるべきことがどこかぽろぽろ抜けてしまう、でも彼がえへへってあの笑顔を浮かべて謝ったら許されちゃう。道でお財布拾って交番に届けたら落とし主から感謝されてお礼沢山もらってしまってなんだかわるいな、みたいなことが身にふりかかってきそう。わらしべ長者体質っぽい。
そうか「彼の神様に守られてる」でいいのか。

●マーク
頭のてっぺんからつま先まで徹底してオネエさん。自他共に認めるORANGEのお母さん。彼はマークとして幼少期に身に受けたことをもう克服して乗り越えて、そうして自分のキャラクターを確立しているなあと。たくさん傷ついて、でもその傷を時間をかけて治してきた人。たくさんの傷の痛みを知っているからこそ、他人の痛みが分かる人。相手の悩みを聴き入れる用意はいつもできているけれど、逆に自分の真剣な悩み話は不用意に聴く準備のない人間にはしない。相手も、語るべき言葉もきちんと選ぶ。
それゆえにマークの告白の語り口の切実さに、もう治っていると思っていた傷口をいきなり晒されたみたいな戸惑いともやもや感で胸がつまりかけたのですが、これってたぶんあまり知りたくなかったお母さんの秘密を唐突にばらされて途方に暮れてしまった時の気持ちなのかなと。彼のマークは他人をそういうどうしようもない気持ちにさせない気がするので、なんでしょう、あえての告白からの、EPIPHANYというショック療法なのか。
赤マシューと赤マークなら、役のあり様としての年齢差も確実におにいちゃんと妹だから、マークの告白をうんうんってやさしくきくマシューの図もするっと飲みこめるのですが、橙マークの告白を受け止められるような覚悟が、ふにゃっとしたあのかわいい笑顔を浮かべる橙マシューにあるのかなって思ってしまって。でももうそれこそ「何度となくその懺悔と告白を聴いてきた」のですから、彼は、彼らはその事実を当然のように折り込み済みであることは確実なんですよね。折り込み済みであったとしてもその告白すらあのLIVEのセットリストの一部として切り売りすることを「家族」であるあの4人が了承するに至るまでにはどういう過程があったんだろうなあって思いながら観ておりました。他のチームにも同じことが本来なら言えるのでしょうけれど、赤橙緑のなかでいちばん「家族」としての結束が固いと思われるこのチームだからこそ、その部分について考え込んでしまったといいますか。橙マークがあそこで使う一人称「ぼく」がその傷をうけた当時の少年そのままのものに思えて、あの告白がALTAR BOYZのLIVEの一部としてきっちり組み込まれているのなら、その少年の自分を身に降ろすという「演技」をマークはしているのだろうなと考えると、なんというかもう、すごく入れ子式ですよね。そしてやっぱり彼のEPIPHANYは台詞でした。
あと個人的にマークの「我が愛するオスカーワイルドは言いました。罪を許すのは懺悔をきいてくださる神父様ではない、懺悔そのものなのだ。ステキ!」からの「やばい〜〜〜!」の響きがほんとうに自分の好きなアーティストを熱く語る時の口調でかわいいなあと。

●フアンちゃん
ORANGEチームの末っ子で太陽。生命の象徴のようにすら感じてしまうほどの、ただいるだけで周囲に投げかける光に満ち満ちている存在。あのわざとらしいほどの声をあげて、ハ、ハ、ハ、ハ!と彼が笑うだけで皆もにこにこ笑顔になってしまう。絶対平気やで、という余裕すら感じさせる満面の笑みのままふわっふわした喋り口で誰も拾えなさそうな大暴投をする常連犯ではありますが、ORANGEでは彼の一挙一動を見守ってなにかやらかしそうになったらすかさず拾い上げてくれる家族のみんながいるので大丈夫。守られている子。
だからこそこのフアンちゃんの「救うべき魂もどっかへ行ってしまいますがな〜!」「笑って!笑って!」の無理やり気持ちを奮い立たせている様子が本当に苦しく感じて、この子にそんなことを言わせないでやって、という気持ちでいっぱいになりました。彼が歌うLA VIDA ETERNALは穿った意味もなく本当に歌詞の通り「神さんが天国で待っとるから怖くないで!」という歌なのかもしれない。
今日はチョコパイケーキのところで唐突に自分はチョコパイの騎士だ!と言い出して場の空気がおやおや…?という感じになったのですが、それでも「そうだね、フアンちゃんがいうならチョコパイの騎士なんだね」というふうに他の4人がおままごとに付き合ってあげている様子に和みました。

●ルーク
フアンちゃんと仲良しルーク、と思っていたけれど、マークとも仲良しのルーク。勝手にルークとマークは中高生の同じクラスでいがみ合う典型的男子と女子、というかマークからは「ちゃんとやりなさいよルーク!」ルークはそれこそ「マークの小言は耳タコだぜ」ぐらいの対応をするイメージがあったので、橙のふたりの仲良しっぷりは少し意外でした。でも橙のルークはなぜだか中の人の影響もあるのか皆一人一人の動き、ポジションを把握して、自分の行動を決めているようなクレバーな印象があるので、赤と緑のようなおばかでKYな子(褒め言葉です)とはまた違って、それゆえにマークとの関係性も違うのかなと。落ちつきなく動いているようで瞳に灯る油断ない光がやや怖いルーク。でも面倒見はよさそう。

アブラハム
懺悔コーナーでルークがひつじちゃんパペット適当に積んでたときに「忘れ物ですよ」って笑顔でさりげなく有無を言わせぬ感じで黒ひつじちゃんパペットをワゴンの上にのせる橙アブちゃんの図々しさかわいらしさそういうの日本語でちょーかわいいっていうんでしょ?創世記の出てきた瞬間から笑えるくらい嫌味なアブちゃんに、これははぶられるわ、って思ってしまったのに「いいんですよもう、」からのしょぼくれ具合に、ごめんごめん私が悪かったわ!!って駆け寄って肩たたいて元気付けたくなるあの感じはいったいなんなのだろうと思います。その後ろを向いた佇まい、あのなで肩やまるまった背中から放っておけなさをかもし出す天才なのか。彼のアブちゃんの「ちょっと待ってください」の切実さに、あの声をきいた瞬間他の4人悔い改めていますぐ!そしてごめんなさいあなたにそんな思いをさせて…ってなにも悪くない私が謝りたくなるくらい罪悪感で胸を締め付けられました。そのくだりからの彼のI believeは、歌としての、というだけじゃなくて、赤のアブちゃんの歌がそうでないという意味ではなくて、アブラハムとしてすごく丁寧で真摯な心に響くI believeでした。みかしゅんはいい声ではきはきと喋るけれどあまりお歌もダンスも得意でない印象で、そこがもう不器用なアブちゃん像として逆に確立されているんじゃないかとすら思っていたのですが、I believeはキーも合っていてとても良かったです。加えてひとつまえの記事で赤のI believeで4人がひとりずつ近寄って来るところでのアブちゃんの仲間の思いの受け取り方が、という箇所について言及していたのですが、今回の橙アブちゃんのその箇所もすごくぐっときました。仲間が触れたその手を大事そうに胸の前でぎゅっと握るアブちゃん。一緒に観劇した友人と、アブちゃんの手は神様へ祈りのためでなく仲間の想いを大事に受け止めるために組まれるんだね、という話をしていました。