TROIS

観劇後に気合があったときだけ書きます

3/11ソワレ ダディ・ロング・レッグズ


2012年、芳雄さんご出演作のなかで、ひとつだけ見逃してしまったもの。友人からおすすめされていたのもあり、再演決定時からとても楽しみにしていたこちらの作品、念願かなっての観劇でした。まだ2014年が始まって3か月ですが、すでに今年のマイベスト舞台になる予感がしています。お話も役者さんも関係性も舞台セットも衣装も何もかも好みで「私の心はもうあなたに捧げています」と跪きたい気持ちです。

腹心の友ジルーシャと、親愛なるジャーヴィスぼっちゃまへ。

○セットについて
本がずらりと並ぶ、よく使い込まれて磨かれ、飴色に馴染んだ書架に書斎机に、一段下がった手前の床に無造作風に並べられた大中小のトランクの舞台美術の時点で心をわしづかまれていたのに、書架の後ろがスクリーンになって大学の芝生に水玉模様に咲くたんぽぽや、農場を思わせる景色が映し出されたりするなんて! そんな書架にジルーシャから送られた手紙がピンで挿され飾られじわじわ増えてゆくところも、途中で二人同時に開けた左右の高い窓、光を透かすレースのカーテンも、全体ががらりと大きくは変わることない空間が、場面を追うごとにところどころの変化で違ったおもむきを見せる様は、ここを開いたらこんな仕様に!と驚きつつ微笑みたくなる、一冊の仕掛け絵本のようでした。ふたりしか登場しない舞台、ということもあるのか、ちょっとした道具の移動もおふたりに任せられていて、特に、彼らが登った山をあらわすために、トランクをジャーヴィス演じる芳雄さんが背中をまるめてぐいぐいと移動させている光景は、めったに見られない芳雄さんだ、と新鮮さを覚えると同時に、それがジャーヴィスぼっちゃま御自らの手でジルーシャのために心配りをしているようにも見え、なんだかとてもほほえましくなってしまいました。

○ジルーシャ側から
冒頭から、発する言葉の意味より雄弁に語る、真綾さんの七色の声音に魅了されること!彼女がいまどんな思いで、どんな表情を浮かべているか、肉眼できちんととらえたいのはもちろんなのですが、どんなに後方に座っていたとしてもその声が届くところのひとまでは、きっちりと伝わるすごさ。かつ、孤児院の先生や子どもたち、友人らの言葉を声をつくって喋っていても、それが全部、真綾さんが演じている、のではなく、ジルーシャの振舞として、彼女がおじさまの手紙に書いた言葉が肉声に起こされたものとして響いてくるところ。真綾さんのきんと高くもなく、低すぎもせず、甘すぎない柔らかいお声が前からとても好きでCDをよくきいていたのですが、好奇心に満ち溢れた理知的な女の子の言葉を伝える声として、歌声もセリフをしゃべる声も、ぴたりと合っているなあと思いました。芳雄さんのジャーヴィスと並ぶと頭一つ分ともう少し差がある身長も、プロポーズで手を取られた際の掌の小ささも、お二人のしっくりかげん、バランスを後押ししているよう。
そして、何年も前に読んだきりの原作のジルーシャという女の子の魅力を、改めて教えてくださる真綾さんの舞台上での役としての在り方。

もともとの素質はあるけれど、今まで彼女の頭脳に見合う分の十分な教育が与えらえてこなかったジルーシャが、皆が知っていることを私は全然知らないんです、と親愛なるおじさまに書き綴る手紙は、彼女自身がコミカルに伝わるような記し方をしているからくすりと笑える場面になってはいるけれど、実際のところ、そうした出来事に出くわすたびに、驚きと同時に切なさを回避することはできなかったはず。スポンジが水を吸収するように、今まで知らなかったことを見聞きし、どんどんと知識を蓄えていって、それでも最悪のことが起こりました!とおじさまに落第点を取ってしまったことを懺悔する手紙を綴る場面、精魂込めて書いたお話が評価されなかった場面で、こんなにもお金をかけてもらったのに、私はきっと何者にもなれない、とジルーシャが落ち込む姿を見て、勝手に、ものすごく身につまされてしまいました。だからこそ、そのあとあしながぐもに喜びを見出す彼女の物事への視点にどれだけ救われた気持ちになるか。
また、卒業式では、唯一のじぶんの理解者であるダディにじぶんのことを誇らしく思って欲しい、というジルーシャの切実さに胸がぎゅっとしぼられてしぼられて、たまらなかったです。ほかによりどころがない子が、唯一の大事な人にじぶんのことを誇らしく思ってもらえたなら、それだけでどれほど自分のことを前よりもいいもののように思えるか、という心の動き。承認されるということ。けれどジルーシャは、ただ与えられていたと思っていたおじさま、ジャーヴィスにたくさんのものを与えていたことを最後の最後で知ることになるのですが。お年寄りでもハゲでもなかったこと許してあげるわ、と歌うジルーシャの前に膝をついて手を取るジャーヴィスのプロポーズ再びの構図、彼の目線に合わせて一緒に膝をつく彼女はようやくダディの目の色を知ったのでしょう。

ジャーヴィス側から
気難し屋でいじっぱりで尊大にふるまっていても、掌で転がしていると思っていた存在に転がされているとわかったとたん、頭の上に石を落されたようなショックをうけて、よろりとして、反動で下手に出たりまた高慢にふるまったり嫉妬深くなったり。ともかく、大事なひとができて、その人のことを大事と認識すると同時に、とんでもなくわかりやすく情けなくなってしまうひとのかわいさに、どうにもこうにも弱いです。どストライクでした。ジャーヴィスぼっちゃまの百面相を堪能。
冒頭の、ジャーヴィスがまだジャーヴィスとして自分の言葉や意思をほとんど表に出さず、ジルーシャの手紙の一部を彼女と交互に読み上げるようにして口にするところの、ほぼ微動だにしない表情。そこからじわじわと手紙が届くごとに、そこに乗せられていた彼女の感情が、彼の心にも積もってゆくように、少しずつ彼の表情が柔らかく動くようになってゆく変化。

一番最初にジャーヴィスとしてジルーシャを訪ねてくる場面で、彼が手にしている本をふたりして覗き込んでは熱心に語り合うさなか、破顔したあとから、自分のうちとけようにはっと我に返って勝手に気まずくなって、居住まいをただして帽子を目深にかぶジャーヴィスの一連の流れもお約束ながらたまりません。そのあとジャーヴィスの腕に手を絡めて歩くジルーシャが、はっとしたようのその腕を離すのも。
ジルーシャが農場の話をする時のジャーヴィスの、ふんふんそうなんだ、と初めての話を耳にしたようなしれっと顔や、宝物箱の話をしたときの、へええあれまだあったの!等々、彼女の話に耳を傾ける時の表情の豊かさ。そうして、おじさまの強制にふくれながらも、農場ですごすジルーシャの2度目の夏、靴下にスラックスの裾をぐいぐいと押し込んで、帽子をかぶった彼の「私がジャーヴィスだ!」と言わんばかりに登場する彼の佇まい、満を持して俺降臨!感まんさいのどや顔に、愛おしさしかないとき。
そんな彼の感情の豊かさを引き出したのは誰なのか、という意味でも、誰かに何かを与えるということについてぐるぐる考えながら、改めて、げきぴあの対談を読み返していました。
お金はもちろん、ひとりぼっちのジルーシャのもとへ勢い込んでやってきて、彼女がサリーのところで楽しむはずだった乗馬や釣りやら全てを叶えてやろうとするところも、じぶんは与えてやる側である、という彼の、傲慢さへの意識の薄さに紐付くところ。けれど彼はこのままでは、一歩も彼女に歩み寄れやしないと気づきます。「感謝は与える側と与えられた側との間に、高い壁を作ってしまう」たとえどこまでも善意からくるものであったとしてても、一方的に与えているだけでは対等な関係は築けないということに気づいてしまった時、与えられる側と思っていたジルーシャのほうにジャーヴィスが助けられた時。自分が育てられていた孤児院に本の利益を寄付して、権利も譲り渡して、そうして私が理事の一人になったら、あなたは私にお目にかからなくてはなりませんわね?一生懸命考えたんです、というところでは、もう完全にしてやられたジャーヴィスの気持ちになって胸を打たれていました。そういうジルーシャを誇らしく思う気持ちと、どうやったら彼女の前に誇りを持ってダディとして、ジャーヴィスとして立てるだろうと思い悩む気持ちを起こさせた彼女は、知らず知らずのうちに、壁を打ち壊して、手の届く距離で向き合う準備を始めだしている。
彼女が返さねばならないと思っている大きな借りを返そうと踏み出し、行動に移すことは、彼らの間を均等にならして、互いの側へ歩み寄れるよう、道を敷くことと同じこと。その過程が、彼らの心が歩み寄ってゆくさまが、とても丁寧に描かれているからこそ、私たち客席にいる人間も、時にジルーシャに、時にジャーヴィスになって、彼らの思いに寄り添い、心を引き絞るような気持ちになれるんだろうなと。

そう言いつつも、何度思い返しても、私の心はもうあなたに捧げていますからあなたの心をください、と跪いてジルーシャの手を取るプロポーズの場面のジャーヴィスの、断られる可能性を微塵も思い浮かべず、色良い返答しかただきこえるはずがないとはくはくとした表情はどうしようもなくかわいかったし、ジルーシャとようやくダディとして対面したときの、彼女の言葉にただこくこく頷くしかなくうなだれた頭、肩のあたりに漂う哀愁は、放っておけなさを伴うものでした。ジュディちゃん、ぼくがあしながおじさんだって気づかなかったの?とやさしい茶色の目で笑う芳雄さんも想像にたやすいことではあるけれど、いっさいの余裕を手放して、ただただ彼女に許しを請いつつ、時々に抵抗する、往生際の悪い、哀れなぼっちゃまを愛おしく拝めたという意味で、こちらのラストの流れの素敵さを支持するためにこぶしを突き上げたい。
そうして最後の最後、再度向き合った同じ目線のまま、歌い終わったジルーシャにようやくキスするジャーヴィスの、自然だけれど待ちきれなさがにじみ出た勢いといったら。そのあとの抱擁で、彼女の背中と頭にまわる腕のやさしさもたまらなかったです。

ジルーシャ、と呼びかけるジャーヴィスぼっちゃまの歌声のやさしさを反芻しながら、あと二回、心して観劇します。