TROIS

観劇後に気合があったときだけ書きます

負傷者16人−SIXTEEN WOUNDED−  印象に残った場面追加

マフムードがハンスに突きたてられなかったナイフが胸に食い込んでいるような、しばらく尾を引いてしまうような作品だったようです。
追加で印象深かったシーンを少しでも覚えておくために以下に記しておきます。








・ソーニャの娼婦という仕事について少し意見するようなハンスの物言いに 「あなたは屠殺場で働いてる友人とも普通につきあえるでしょうとも。でも、俺がこいつだったらこの仕事は選ばないのに、って思うのね?相手も、俺はパン屋なんて選ばないだろうに、って思ってるかもしれないわよ」というような言い返しをするシーン。片頬を引き攣らせて口にするような辛辣な言葉が、ハンスに向けてだけではなくこちらにも向けられたような気持ちになってはっとしました。

・深夜雨の中傘もささずに歩いてきてぬれねずみになったノラをタオルで拭いてやる、頭をぽんとたたくハンスの手つき。ああいうときの頭ぽんはたまらないだろうなあと、少し俯いただけで観ていてノラが泣きくずれるかと思いました。小麦粉とイーストと水をこね合わせてパンをつくりだすひとのやさしい手つきは、まっとうな営みをして暮らしているひとの、とてもやさしい手に見えました。

・ハンス自身がかつてこのパン屋に盗みに入ったときのことを告白するくだり。店の中にある食べるものの多さに目が眩んで立ち尽くした、チョコレートケーキを手にとった時に頭の後ろに突きつけられた拳銃に気づいたけれど、そのままケーキを一口かじった。お腹が空きすぎて、そのケーキが一口食べられたら死んでもいいと思ったからだ。こんな極限にある人の気持ちにどうやって思いを馳せればいいのか。

・マフムードの為に宗教を、ユダヤ人であることをいったんは捨てると口にしたハンスが、再度マフムードのやり場のない怒りの矛先を自分に向ける為に「じゃあ結局あんたはユダヤ人なのか?!」と尋ねられて「ああそうだ、だから俺を刺せ」と爆弾を抱えたまま手をあげるシーン。ユダヤ人を憎むというある種自らのアイデンティティである部分とハンスを大事に思う気持ちの間で板挟みになって、腰のあたりにナイフを掲げたままハンスに向かっていったはいいものの、長いこと逡巡し呻き、結局ナイフを突き立てられず、爆弾の線を切ったマフムード。適切なたとえではないとは思うのですが、人魚姫が姉たちに渡されたナイフで王子を殺せず、その刃を海に投げ捨てるのでなく、自らに突き立てるような。
マフムードの生まれ、育ってきた環境が彼の周りに築いた塀のせいでハンスとの間に生まれていた隔たりを、なくすほどの感情が一瞬そこに芽生えたのではないかなと思いました。いったいどれだけ彼は苦しんだのか、その数秒は永遠にも思える時間だったに違いないと思います。