TROIS

観劇後に気合があったときだけ書きます

朗読劇『緋色の研究』 9/27(岡田・松下) 9/30(青柳・遠藤)





演目名が目にとまったのはつい先日までエリザでフランツを演じられていた岡田さんと、スリル・ミー、アルター再演で拝見したことがある松下くんペアの追加公演が発表されたからですが、他日程に劇団EXILE華組時代から心惹かれる演技をする役者さんだなと思っていた青柳さんと、お名前をよくお見かけする遠藤さんのペアもあると知り、どうせならと二公演とも行ってきました。
ホームズお二人のカラーから全く違ったものになるだろうことは予想していましたが、結果として、柔(岡田松下)と剛(青柳遠藤)というひじょうに好対照な二組を観る(聴く?)ことができて良かったです。

そもそもに書斎のセット、本がみっしり詰まったファウストの悲劇を思い出すような飴色の本棚を背景に手前に置かれたテーブル、二つのソファという空間で、 TDVの本だ!かロコへのバラードか、以来のどストライクさに、客席に足を踏み入れた瞬間、動揺のあまり思わずいったん扉の外に出てしまった人間かつ、ホームズとワトスンふたりのかっちりフォーマルな衣装(ウイングカラーシャツ・ネクタイ・ベスト・スラックス等々)もとても好みだったので、すっかりあの空間にやられてしまいました。導入の楽曲はテープで、ドアのベルや階段を駆け上がる音、その他効果音はマリンバ・パーカッションで行われていたのも面白いなと。なにより照明が色彩、明度ともにとても豊かで効果的に作用していて、今回2公演とも1階での観劇だったのですが、2階から見降ろしたらもっと違った光景が観られたかなと、そこはすこし残念でした。
キャスト問わず(もちろん今回観た二ペアがまた観られれば素敵ですが)同シリーズで続編が見てみたい。

以下は二組それぞれの感想です。


●岡田・松下ペア
公式ブログの方がおっしゃっている、「綺麗なホームズ」とはいったいどういう……?と思っていたのですが、岡田さんのホームズの佇まいの端正さ、繊細そうなところからくる表現だったのかなと観劇後感じました。岡田ホームズの髪型は細かいウェーブをかけた前髪を左に流すツーブロックで、半分おでこを出した今風な感じ。銀縁眼鏡をかけて、帽子はかぶらず小脇に抱えてのご登場。ソファに深く腰掛けて本を開いてからのひとつひとつの仕草に神経質さが表れているようなホームズ。低く、穏やかな声音とは裏腹に、よくよく見ると、本を持った手とは逆の手、持て余した左手を軽く掲げたまま、指をばらばらもちゃもちゃ動かしたり、靴のつま先でいらいらと床をコツコツ叩いたり、軽く身体を揺すったり、優雅に、表情はあまり変えないようで身体の動きとして結構落ちつきがない様子。大股開きでふかぶかソファに腰掛けていると思ったら、座り直して前方に身を乗り出したり、脚を組んだり、眼鏡の中心に時折触れたりするところも含め。自分の興味の向くこと以外見えなくなって、周囲から見れば突拍子もないことをしでかしたりするわりに、自分の中で確固たるルールが合って、そこがきちんきちんとしていないとすぐ不機嫌になる(そして原因が他所に伝わりにくい)ひとなのかなと。コツコツ研究に没頭するのが向いていそう。コンサートから帰ってきた後のふんふ〜ん♪という上機嫌の鼻歌はかわいかった。
基本的にしかめっつらであることが多かったのですが、時折話の流れによっては口の両端をむにっとあげて満足げに笑んだり、逆に不満げにくちびるをへしゃげたり。特に、警察側の事件の見解のあまりの的外れかげんに、手の甲を口元に軽く当てて、でも八重歯が見えるのを抑えきれないくらい口を大きく開けて、仰け反って笑いだすところが印象深かったです。あのははは、という高みから降らせるような笑い方を観て、彼はいろんなものを小馬鹿にしてるのか、もう小馬鹿にすることさえも馬鹿馬鹿しいほどたいした存在として笑う対象を捉えてないのか、あるいは何にも考えずただ単に屈託ないのか、等々考えてしまいました。
七色の声色で登場人物を演じ分けていた松下ワトスンが声の調子をどう切り替えたら良いのか、と悩み出した時、彼を制止して読み始めた岡田ホームズの演じる女主人には某ロマノフ王朝第四皇女様の影を観て少々にやり。ちょっと落ちついてください、とハンカチを差し出したくなるほどよよよ、と悲劇のヒロインよろしく盛大に泣き崩れる女主人のノリノリの振り切れぐあい、女性役の際のすっと揃えて横に流した脚を、また元どおりに開いてホームズに切り替えるそのスムーズさには、面白いやら流石岡田さん、と目を見張るやらでした。
ホームズもさることながら、後半パートの犯人役の岡田さん、愛するひとを喪って復讐に走った男の末路語り部分が、情状酌量の余地あり!!と思わせるほどかわいそうでしかたなく見えるのはフランツの面影が、というよりは岡田さんがこうした報われない役が何故だかとってもしっくりきてしまう方だからかしらと(エリザのフランツ、『血の婚礼』の花婿、『愛してると言ってくれ』のけんちゃんetc.)。恋人の亡骸の額にくちびるを押しつけて、形見の金の結婚指輪を抜き取って「こんなものを……!」と声を震わせて叫ぶシーンは、霊廟の様子までクリアに浮かぶようでした。その指輪を蝋燭の灯りで照らして仇に突きつけつつ、復讐を遂げる最後の最後に相手に毒薬かただの丸薬かふたつにひとつを選ばせて自分ももう片方を飲む賭けに出るくだりの真に迫りようといったらなかったです。ロンドンに出てきて四輪馬車の御者として生計を立てながら、市内を巡りつつ死に物狂いで恋人とその父親をあんな末路に追いやった男たちを探すさまの必死さがかなしくも想像に容易い。
松下くんは七色といっても過言ではない声音を切り替えて、実際に彼らの姿が見えてくるような気がするくらい、登場人物らを個性豊かに演じ分けられていました。警官二人もさることながら、金の指輪をホームズの家に取りに来た老婆、後半に入ってからのモルモン教の街のひとがとても印象深かったです。無理やり嫁がされたホープの恋人に対しての、あの女死相が出てたからね、という言葉。野次馬根性むき出しで笑っていて、このひとなんて下卑た物言いをするんだろう…といやあな気分にさせるような言い方で、聴いていてぞわぞわしました。(もちろん、その役に嫌悪感を抱くほど松下くんの声音がリアルですごいなあと感じたという意味です)
元々年齢差は問題でなくきっとしっくりくる二人になるだろうなと想像していたのですが、実際生で拝見して、やはり質感、絵柄が同じお二人だなと思いました。岡田さんが実年齢より下に見えたわけでも、松下くんがぐっと年上に見えたわけでもないのにこの不思議さはなんだろう、と思いつつ声の相性も合っていたように思います。
二人のやりとりで好きだったのは、犯人をおびき寄せるためにわざわざワトソンの名前を無断借用して新聞に告知したのに、老婆がきた途端にぶすくれて、その姿を見たワトスンに笑われそうになるホームズの箇所です。ここのくちびるをややへの字にする岡田ホームズは、松下ワトスンよりすこし子どもじみてかわゆく思えたなと。


●青柳・遠藤ペア
青柳さんのホームズの異様な説得力とは。元々お顔立ちや出られる演目も「和」のほうが似合っている方だなと思っていたので、観る前は青柳さんのホームズ、というものが皆目見当もつかないと首をひねっていたのですが、実際拝見したところ、前述ペア、というより岡田ホームズとは180度異なるところに位置する質実剛健なホームズさんでした。自信ありげな傲慢な口調、ソファに踏ん反りかえって脚を組んだ姿の尊大さ、全く根拠がないのになぜか恐ろしく頼りがいのありそうなところ。勝利の女神を背中に背負ってるような気すらしてきます。岡田ホームズが天才肌に見えて意外とコツコツ型なら、青柳ホームズは完全に閃き型。岡田ホームズが地動説のことを忘れようとつとめている、というエピソードはああこのひと変人なのだなあとなるけれど、青柳ホームズは、あああなたそういうの別に知らなくても野生の勘で生きてゆけそうよね、って妙に納得がいってしまう。岡田ホームズと違って自分ルールは大枠しか決まって無くて、その枠をはみ出したら激しく怒ることもあるかもしれないけれど、普段はかなり大ざっぱに生きていそう。散らかした部屋の片づけは遠藤さんのワトスンくん担当っぽい。そしてあのぶわっはっは、というような豪快な笑い方。表情は、彼のあの雄弁な眉毛の上下運動もあいまってかかなり豊かで、反対にあまり身体は動かさなかった記憶。
必要以上の熱を込めずに、けれど的確に事件の詳細を説明したと思えば、瑣末な箇所に関しての返答が驚くほどやる気のない声音であるところ。仕事に熱意がないわけではないけれど、興味のあること以外に関してはとことん無関心だし、事件解決が刑事二人の手柄になったことが新聞紙面で明らかになった最後のシーンでも、確実に「名声」はその「興味」のなかに入っていないことがひしひしと伝わるようなそぶりで(自分でワトスンに読めと言ったくせに「アマチュア」自身を称された箇所を彼が読みあげたとたん、そちらに目をやったのにはくすりと笑いましたが)、岡田ホームズより、より謎を解くことしか興味がない、それ以外どうでもいいホームズかなと思いました。
女主人のくだりでは、青柳ホームズは、初めに噴き出すも、ずっときいていると真顔になるようなおっそろしい棒読みで台詞をこなしていましたが、これはあえての棒読みだったのだろうなと途中で気づきました。女主人の箇所を声をつくって読みあげようとしたワトスンを制止した時の、そんなみっともない真似をするな、というようなあの制止の仕方からも、女性の声真似をくだらないものと捉えていそうな、どこまでも雄、な「あの青柳ホームズ」として読むなら確かに女性の声色はつくらないな、と納得してしまいました。
後半の犯人役について。岡田さんの時は、ほんとうにただただかわいそうでならなかった役が、青柳さんが演じるとぞぞっと背筋が寒くなるくらい、このひと最愛のひとを喪って正気を失ってしまったんだ、と感じる不思議さ恐ろしさ。恋人の亡骸の額にくちびるを押しつけて、指から金の指輪を抜き取ってから彼は心を無くしてしまって、淡々とただ復讐を遂げるために生きてきたんだろうなという印象。仇の男に指輪を突きつけるシーンの声音の平たんさにぞおっとして、最愛のひとのくだりでどうしようもなく声を震わせる青柳さんの感情のこもりようにただ息をのんで聴きいってしまいました。ほんとうに、どうしようもないところまで追いつめられて心を鬼にしようとつとめていたひとが、最後の最後にじわっと滲ませた人間らしさに胸が詰まります。
衣装に関して。青柳ホームズはハットを被っての登場。ソファに座っての朗読途中、首回りがつまりすぎていやだったのか、ネクタイ外すときのように時折襟に手をやってる仕草がかわいかったなと。最後に挨拶のため青柳さんが立った時に気づいたのですが、岡田ホームズのズボン丈は立ってる時にあわせた長さで、逆に言えば脚を組むと靴とズボン裾の間から靴下が結構な分量見えてしまう仕様だったのですが、、青柳ホームズの丈は脚を組んで座ってる時が一番映える長さで、つまり立つとややだぼっとした感じでした。
遠藤さんのワトスンも登場人物の演じ分けが流石だなあと思ったのですが、松下くんよりねちっこさがなく淡々と清潔なイメージが。あの女死相が出てたからね、が遠藤さんだとわりと気の毒そうな様子をにじませていて、このひとも結婚を一度拒んだことはともかく、外野なりに娘に同情寄せてるのかな、という気持ちになりました。もしかしたら松下くんのあとだったからマイルドに聴こえた可能性も否めずですが。
日常生活を健やかにおくる為の身の周りのこと、仕事の請負方法についても万事適当な青柳ホームズのことを、きちんとサポートしてくれる、助手というか秘書的な役割を担っていそうな遠藤ワトスン。この後息をあわせて探偵稼業を続けてゆく姿を観てみたいなと思うような二人でした。