TROIS

観劇後に気合があったときだけ書きます

「Thrill me」

昨日はオフブロードウェイ作品としてNYで初演され、日本にも初上陸したスリル・ミーの新納×田代ペアを観てきました。各種先行にトライするもことごとく外れて今回はご縁がなかったのだろうと諦めていたのですが、いやこういう運まったくないですし…と駄目元で並んだ当日券補欠にひっかかって幸運にも観劇が叶いまして。
来年の7月に再演が早くも決定しているそうですが、キャストは未発表とのことで、楽しみだけどこれはキャスト変わったら全然違うものになるでしょうし(実際もうひと組のペアも全く違ったテイストのものになっているとききます)、そもそも銀劇じゃ大きすぎてあの狭い箱での密室感、二人だけの世界が出せないだろうし、セットがシンプルすぎて見合わない気がするからもう演出自体変えなければならないのではないだろうかと思ったり。新納×田代ペアなら銀劇はともかくもう少し広い箱でやっても埋まっただろうに、今回は日本初演ということで興行収入より演目として最適な場所を取ったのかなと。
モリエールや107、サンモールより小さい箱なんて初めてで、演目自体が小劇場用の、筋書きだけきくとストプレでやったほうがいいのでは?という内容なので、全く別物なのだけれど華組舞台、特に六惡あたりのあの舞台から熱気がむんむん伝わってくる感覚を思いだすよね、と一緒に行った友人と観劇後に話していました。
しかしストプレでもできそうな内容でありつつ、やはりあの美しいメロディラインにのせられて、朗々と歌いあげるというよりは語りかけるように歌わねばならないあの曲があってこそのこの演目が成り立つのだ、とそこには一点の疑いの余地もないと思います。

途中でその場から立ち去りたくなるぐらい怖かったけれど、目を背けたいほどおぞましくも目撃者として最後を見届けなければならない義務感やら単なる興味本位やらやっぱり凄味の中に感じるうつくしさやらいろいろ入り混じっていてもう凄かったの一言に尽きるのですが、以下ネタバレつつだらだらと感想。




登場人物は「私」と「彼」のふたりだけ。刑務所の仮釈放審議会で、54歳の「私」が「彼」と一緒に37年前に犯した、「理由なき殺人」と言われた事件の動機を審議官に問われるところからこの話は始まります。「私」が自分の罪を語りだしたところから時間軸はいったん37年前に遡り、そこから事件当時と仮釈放審議会時を行ったり来たりしながら、「私」と「彼」がどういう関係にあり、そしてどうして殺人に至ったのかが徐々に白日のもとに晒されてきます。
といいつつ、この物語自体が全て「私」視点で語られている事が観劇後、考察を深めたくなるキーポイントなのですが。

「彼」は己をニーチェがいうところの「超人」だと自称し、「私」が自分の事を好きで、自分の言うことならなんでもきくと知って、犯罪に加担させようとする冷静な視点で見ると厨2こじらせた「自意識過剰の勘違い野郎」CV.ロミオ ろくでもない男なのですが、新納さんが演じる「彼」だったら「私」があれほどまでに信奉する理由もわかるなっていう説得力はどこからでるものなのだろうな。皆が君に夢中だ、って「私」が歌う『僕はわかってる』も新納さんの「彼」に捧げる歌なら大変納得です。佇まいや発声が「私」や皆が夢中になるに相応しい「彼」でした。煙草の火のつけ方ひとつとっても、「私」を見る冷めた視線も距離の取り方も。キスをねだる「私」の望みに応じて一度軽く口づけて離した、と思った瞬間に貪るような口づけを再度するのだけれど、なお全く顔色変えないところとかも。
服装について言及すると、ジャケット+ベスト+スラックス+ネクタイ+後ろに撫でつけた髪とか字面だともう無条件で正義!勝訴!!って個人的には紙持って走り回る感じなのですけど、スラックスやジャケットが今風の細みのじゃなくてややゆったりめというか古めかしい感じで、着る人によってはかなり野暮ったくなる形なんですね。あれをあそこまで着こなせる人はそうそういない気がする。
そんなドエスの厨2こじらせた超絶かっこいい駄目男に対峙する、「彼」にめろめろの世間知らずの甘ったれぼっちゃんの「私」ですが、なんだかんだで「彼」のキスひとつで言いなりになってしまう従順な人間かと思っていたら、それだけで終わるような「私」ではなくてですね。主に新納さん目当てで行った筈なのに、終わった後いちばん最初に浮かんだ感想(?)は田代さん凄い、だったので。すっと前で手を組んで事件について滔々と語る54歳の姿と、「彼」と犯罪に手を染めた当時の10代の「私」をめまぐるしくいったりきたりするわけですから、結構な演技力と歌唱力が求められるわけですが、その変化も全く違和感がなかったですし、「彼」のどうしようもなさ、自分が望むかたちで愛されていないと知りつつも、それでも「彼」に触れられれば悦びを覚えずにはいられないといった表情や声音が会場が狭い事もありますがダイレクトに伝わってきて、息をのんだり口を開けたり(途中で少なくとも片手は口あいてるのに気付いて閉じる、を繰り返した)瞬きをする暇もないほどでした。「触って」「ちゃんとお願いしろ」「……触って、ください」の後の手を触れられただけであんな恍惚とした表情してしまうのか、とそのひとつとってもどれだけ「私」が「彼」に執着しているかがわかるというもので。
等々、彼の演技にうわっと思った箇所は多々あるのですが、やはり一番衝撃的だったのは犯罪に加担する代わりに「私」は自分の望みを叶えてもらえる、「彼」と「私」は互いの言うことを何でもきく、という契約を交わしたものの、それに全く応じてくれる気配のない「彼」に、もう我慢できないと「Thrill me」と歌いながら四つん這いになって迫る場面でした。一歩間違ったら完全にイロモノになるそれを熱演しきった田代さんの凄さよ…遮るものなく迸る感情というよりは、抑えて抑え込まれてどうしようもなく煮詰まったどろどろとしたものがついに行き場を無くして隙間から流れ出してきた感があるあの熱量といったら。そして途中で肩からするりと外されたサスペンダーは正義。

放火、強盗、とどんどんエスカレートしていった彼らの犯罪行為はついに誘拐、殺人まで行き着きます。しかし「私」が落としてしまった眼鏡から足がつき、なんとか誤魔化そうとするものの、先に捕まった「私」の告白によって結局は「彼」も逮捕されてしまうのです。本来なら死罪を免れぬところを「私」の父親が“腕のいい弁護士”を雇ったおかげで二人は終身刑となりますが、最後の最後、刑務所に運ばれる護送車のなかで、大どんでん返しがあります。それは逮捕されるまでの道筋は全て自分のシナリオによるものだったという「私」の暴露でした。理由はただ「彼」と生涯を共にする為だったと。
ここまでの流れは観劇前にもう観られないものと諦めていたので結末を既にきいた上で観ていたのですが、それでも田代さん演じる「私」の淡々とした語り口、表情を実際に目の当たりにし、背筋が凍る思いをしました。観劇し終えてからいろいろ感想を漁ってふたりのこの関係、少なくとも「私」から「彼」へ向けられた思いを「純愛」と仰ってる方がいらしたのですが、今昨日目撃したものを思い返して見ても、あれはそんな名前で呼ばれる類のものなのだろうかこれは?と。人の独占欲支配欲の肥大がもたらした結末というか、うまく丸めこんでいるつもりで丸めこまれ、騙されていたのは「彼」の方だったわけで、それも「私」がどこからこういった結末に行き着くよう仕組んだものなのか、どこから演技だったのかはわからないですが、一見明らかに「彼」の方が優位に立っているようだったこのふたりの力関係は実は拮抗しているどころか、「私」の方にアドバンテージが握られていたわけです。「私」か「彼」かといったら観客は確実に、語り手である「私」を感情移入が出来る存在と捉え、その視点から物語を観てゆくわけで、どちらかといえば観劇している私たちの存在に近い、まっとうだと思っていた登場人物の言動が狂気を孕んだものであったと最後の最後に気づかされたとしたら、もう自分が今まで正しいと信じていたものを疑ってかかりたくもなるというものです。この物語中で語られる事件自体が語り手によって幾分か歪められたものだったかもしれない、と考えるのは穿ち過ぎでしょうか。「彼」が気づいていなかった時点で公平とはいえないのかもしれないけれど、くうか食われるかの、ただただ互いを征服したいという欲求に満ち満ちた二人の関係性が恐ろしくもほんとうに魅力的に映りました
狂ってる人の紙一重のうつくしさに最近魅入られすぎだと思う。ある一定の距離を置いて見ていられるという大前提で。

「私」が四つん這いで迫る歌があったと記しましたが、自分を警察との取引の際に売らないでくれ、と「彼」が下手に出る歌で立場がひっくり返ったように四つん這いで「お願い」する様子も、拘置所の檻のなかで「彼」がその綺麗に撫でつけていた髪を振り乱しながら恐怖と絶望に喘ぐ様子も、それまでの「彼」の尊大っぷりを観ていたゆえに、その落差が見どころとして非常に興味深い箇所でありました。
超人は結局は「私」のほうだったのだろうけれど、それを思うと「彼」の最期がとても苦しく感じます。中途半端な頭の良さは賢く生きるという意味でなんの役にも立たないというか、長く健康に生きてゆく為には難しく考えすぎないことがかなり大事だなという思いを新たにしました。そういう教訓を得る作品ではないと思うのですが。


ちょいちょい前述したように小物が古めかしくて、他にも魔女の宅急便に出てきたような電話やタイプライター等々、時代設定が恐ろしく好みだったのもこの演目にはまった一因かもしれません。

もっといろいろあったのに思いだせないばかりか友人が延々歌うせいで\ぴかぴかのスポーツカー見てみたいだろ〜/の「彼」の子ども誘拐ソングばっかりあたまのなかぐるぐるしてかなしい。たまに\なーまえをーおーしーえーてーーー/が混じって、ほんとうにバルジャンに謝れ。
うまくまとめられないのは通常仕様です。

冒頭に記したように再演が来年7月にあるので、今回見逃した方はぜひその際に。とてもおすすめです。